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2007年1月の36件の記事

2007年1月31日 (水)

なんとか、やっと・・・ね。

結婚式まであと2日という時に、なんとかやっと運転免許の試験に合格した。

ああ、間に合った! 

これも、送り迎えしてくれた彼のおかげね。

そして、空き地で練習したおかげね。

すっきりした気分で結婚できそう!

田舎のことだから、朝の4時半から花嫁の着付けが始まるそうだ。

ヤダ~!と言っても時間は刻々と過ぎていく。

こうなったらやるしかない。

妙なあきらめと不安を抱えて・・・明日は結婚式だ。

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2007年1月30日 (火)

運転免許が必要

毎日がデートというのは、私を自動車教習所に送り迎えしてくれたことがほとんどだった。

「運転免許をとってくれ」とあちらの家から言われた。

確かに田舎は車を運転できなければ生活が成り立たない。

というより、私を朝市の送り迎えに使おうということだ。

彼のお母さんは、輪島朝市に出ている。

家庭で作った野菜を朝市で売るのだった。

その他、お土産の民芸品も売っている。野菜がついでか民芸品がついでかわからないほどたくさんの品物を持っていく。

車は、もちろん軽トラで・・・それはそれでいいのだけど、2ヶ月間で免許が取れるのかなあ。なんとしても結婚前には終わらせたいなあ。

夜の空き地で運転の練習に必死になる二人だった。

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おつきあいの始まり

そういえば、私たちは交際らしき期間は無かったも同然だ。

手紙が何回か大阪のアパートに届いたが・・・驚いたのは、彼のお母さんからの手紙のほうが多かったことだ。

あとでわかったことだけど、お母さんは筆まめなのだ。

結婚までの2ヶ月間、私たちは毎日のように会った。

そして、農家の仕事も少しずつ体験するようになった。

両親は怒っていた。

「そんなこと、嫁に行ったら毎日しなければならないのに、今からするなんてダラ(バカ)や!」

言われてみればそのとおりだ。 農家の嫁になるのだから、農作業はしなければいけないだろう。 たとえ、「あんたはしなくてもいいよ」と言われても・・・だ。

実家が農家だといっても、まったく農業を知らない。

両親は、そのことを心配しているようだった。

でも、私は全然不安ではなかった。

だって、この人といると楽しいし、感動することだらけだよ。

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2007年1月29日 (月)

エッ! まさか!!

「わじま~、わじま~。 終着駅、輪島でございます」

そうなのだ。輪島は終着駅なのだ。だから、駅の看板は、「向こうはシベリア」と書いてある。

さあ、私の第一歩が始まるぞ!

田舎を嫌って都会に出て行ったのに、帰ってくるなんてね。

切符を渡して、私は自分の目を疑った。

なんと、あの彼氏(将来のダンナ)が花束を持って迎えに来ているではないか!

そんなバカなこと。 花束なんて卒業式以来、もらったことないよ。

大きな花束を抱えて、例の笑顔で立っている。

その姿は目立ってしょうがない。

彼が私に花束をくれた一回目は駅だった。 その後、毎年のように何かの記念日ごとにくれるようになるとは夢にも思わなかった。

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2007年1月28日 (日)

思い出を胸に

ひとりで列車に乗っていると、大阪でのことが走馬燈のように次から次と思い出す。

会社が終わってからのバイト先のおかみさんは、自分の息子の嫁にと私を口説いた。

その結果、「悪いけど・・・息子とは相性が合わないらしいからごめんね」と言われた。

どこかで調べたらしい。

また、今でいうストーカーに近い男性からは、「あなたは、結婚する相手の人を不幸にする」と言った。 
私は、そんなことに動じない。

幸せになるか、ならないかは二人の問題でしょう。
そんなことを言うのなら絶対に幸せになってやる! と思った。

いろいろなことを思い出しながら、時には涙っぽくなったり、時には思い出し笑いをしたりしているうちに、金沢駅に到着した。

ここからは、輪島行きに乗り換える。

あと、3時間で故郷に着く。
後には戻れない。 戻っても荷物も無いからね。

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笑った話

翌日に結婚を決めた彼が、私を笑いの渦の中に引っ張った。

ねずみが10匹の話だった。

1匹は、彼女につねられた・・・イテッ!(イチュ!)
2匹は、お父さん・・・チチ(チュチュ)
3匹は、彼女との仲・・・・ヒミチュ(ヒミツ)
4匹は、今晩のおかず・・・・シチュー
5匹は、ぶつかった・・・・ゴチュ(ゴツッ)
6匹は、あなたに夢中・・・・・・ムチュー
7匹は、暑い夏・・・・ナチュ
8匹は、深夜・・・・・ヤチュウ(夜中)
9匹は、彼女にくすぐられた・・・・クチュクチュ

そして、10匹は、二日酔い・・・・ジュチュウ(頭痛)

この話を、おもしろく可笑しく話すのだった。

まるで、落語を聞いているように・・・落語のネタなのだろうけれど、私は知らなかったからお腹を抱えて笑った。

私の記憶が正しければあっているし、間違っているかもしれない。

だって、あれから○×年もたっているから・・・ウフフ。

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2007年1月27日 (土)

宮ちゃんとの約束

列車の中で、いろいろなことを思い出していた。

宮ちゃんとは、「近況報告を必ずすること」を約束した。

最近は調子がいいみたいで、治療を受けていないらしい。

「このまま治ってくれたらいいね」と心から思った。

あいかわらず腸の検査に行っているのだけど、新たなポリープが見つからないことは何よりも嬉しい。

また働こうかな~と就職先を探しているという。

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さようなら、大阪

その数日後に私は大阪を後にした。

「また遊びに来るからね」と言ったら、「来ると言って来た人はいない」と言われた。

会社のみんなと握手をして別れた。

「絶対にまた遊びに来よう」とその時は思った。

アパートの荷物を引越し専用の業者に頼んで、その後から列車に乗った。

荷物の方が先に着く予定である。

それにしても、10万円は痛かったなあ。

今ならもっと高いのだろうけれど、当時の金額としては「高かった!」

さようなら、大阪。 また来るからね。

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2007年1月26日 (金)

涙が出そう・・・

私のために一番いい席をとってくれた。

私を真ん中に、左右に三人ずつ座った。

「渚のアデリーヌ」「愛しのクリスティーヌ」

次から次とピアノ曲は流れる。

メロディに感動しているのか、誘ってくれた会社の人たちに感動しているのかわからないけれど、なんだか涙が出そう。

ふと、見ると眠りに入っている人もいた。

どうしてこのようなステキな音楽を聴きながら眠ることができるのだろうか。

この人は、好みではないコンサートだけど私のために来てくれたのだろう。

コンサートは終わり、私たちは近くにある某新聞社ビル屋上のスカイラウンジに入った。

大阪の夜景を見ながら、「きっと最初で最後の場所になるなあ」と思った。

この会社で良かった! とみんなに感謝の気持ちを述べて夜は更けていった。

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2007年1月25日 (木)

送別会

給料日ごとにコンサートのチケットを買っていた私を知っているので、送別会はいつもの大阪フェスティバル・ホールで・・・ということになった。

ちょうど、私が聞きたかったリチャード・クレーダーマンが大阪に来ている。

場所は、もちろんフェスティバル・ホールである。

特定の彼ではなく、有志を募っての送別会というかコンサートである。

私は、一人でもコンサート会場に行くタイプである。

今回のように、数名で行くとなると集中して聞くことができるか心配した。

でも、何事も最後だと思って毎日を過ごしていたから、これも良き思い出となるだろう。

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2007年1月24日 (水)

辞めるとなると・・・

なんとな~く、社内の空気がちがう。

いつものように冗談を言ってこない。

そのせいで、私は第三者的に相手をみることができた。

野球は阪神ファンのMさん。 勝った時と負けた時の差があまりにもすごい。

勝った次の日は、階下にある喫茶店から好きなものを配達させる。

そのかわり、負けた時は・・・やつあたりがすごい。

Kさんも変わっている。

何を聞いても、一度は「エッ?」と聞き返す。

聞こえていないのかと思って、「もう一度言おうかな」と思うと必ず答えが返ってくる。

聞こえているくせに、「エッ?」というクセ。

辞めるとなると、仕事もあまり言ってこなくなった。

英文タイプより雑用ばかり・・・早く8月の終わりにならないかなあ。

ちょっと寂しい気もするけどね。

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2007年1月23日 (火)

ちゃっかりした辞め方

早めに辞職届をださなければ・・・夏のボーナスをもらってから辞めようかな~。

まあ、ずうずうしいこと!

めでたく6月2日に結納も終わったし、後は田舎に帰る日を決めるのみ。

ちょうど景気が悪くなっていて、社長からのお話があった。

社員全員を集めて、社長の謝りの言葉だった。

「まことに申し訳ないのですが、男性社員はボーナス一律100万円。 女性社員は36万円となりました。本当にすみません」 とのこと。

私は、ボーナスの金額などどうでも良かった。

それをもらってから辞めるということに、とても悪い気がしていたからだ。

8月いっぱいで辞めることにした。

あと少し・・・大阪を楽しもうっと。

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2007年1月21日 (日)

会社に報告

「おはようございます」

「水野さん、どうだった? うまく断ることできた?」

そう言われるだろうと思っていた。

「それが・・その・・・結婚することにしました・・・」

「な、なんだって?! ウソだろう?」

「本当です。すみません」

同じフロアの人が全員、こっちを向いた。

あれほど、農業がイヤだと言っていたのに信じられないわ、という顔つきで私を見た。

「あんた、頭おかしくなったんちゃう?」

「せっかく身につけた仕事はどうするのよ」

「田舎にこもったら何もできなくなるのよ」

様々な言葉が飛んできた。 想像していたけれど、それは想像以上のものだった。

しばらくは言い訳の日々が続いたことは書くまでもないだろう。

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2007年1月20日 (土)

あった、あった!

西田辺の駅に着いてから、走ってアパートに帰った。

そして、まるでドロボーが入ったかのように家捜しをした。

たった一部屋しかないのに、こんなに広げなくてもいいのにね。

「あった、あった!!」

探していたものが見つかった。

それは、広告の裏に書かれたメモだった。

  昭和○○年の5月に運命の人と出会うでしょう。

  あなたは、親元に帰るでしょう。

と書かれてある。

私は、2行目の「親元に帰る」ということに納得がいかずに残しておいたのだった。

私には6歳年下の弟がいる。この弟に何かがあって(例えば、死ぬとか)私が実家の跡継ぎをしなければならなくなるのか?と思ったわけである。

今度のことで全てがわかった。

5月に出会うことは本当だった。年月もあっている。

そして、親元に帰るというのは「田舎に戻る」ということなのだ。

当時、男運が悪いのかと思ったほど良いことがなくて、大阪の占い師に見てもらったことがある。

好きな人には、奥さんや婚約者がいるし・・・嫌いな人からは(今ならストーカーだけど)追いかけられるし、まるで良いことがなかった。

私は、「こんなこと信じられない」と思いつつも、アドレス帳の中にはさんでいたのだった。

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2007年1月19日 (金)

列車の中で気がついた!

こんなのを「トントン拍子」というのだろう。

結納は6月2日と決まった。

話が先走りして、結婚式は10月17日と決まった。

笑いが出るほどの進み方。

まあ、いいか。 これも挑戦!! ということで、賭け事の好きな性格がちょっぴり覗いた。

それはそうと、大阪への列車の中でハッと気づいたことがあるのだ。

早くアパートに帰りたくてしょうがない。

帰ってそのことを確かめたくてウズウズしてきた。

明日の会社のことも楽しみだ。

いつになく大阪への道のりが長く感じられた。

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2007年1月18日 (木)

「なんということに!」

「どうや、ちゃんとお断りしてきたか?」

「結婚することにした」

両親はじめ、連休で帰っていた妹も天地がひっくり返る程の驚きようだった。

「おまえは農業が嫌いって言ってたじゃないか」

「姉ちゃん、一生のことをこんなに早くに決めたらダメや」

私も、自分自身の心境の変化に驚いている。

楽しかったし、農業に夢を持っていたし、気が合うというか・・・都会の男性にはない魅力をもっていた。

結婚する条件に、「楽しい」は必須じゃないかなあ。

職業が何であれ、その人と一緒にいて楽しければ良いのではないだろうか。

私は、いや私たちは出会って2日で結婚を決めてしまった。

さて、こうなると大阪の会社にどう報告するか。

みんなビックリするだろうなあ。

直感で生きる典型的な人間やなあ、私って。

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2007年1月17日 (水)

どうなってるの?この2人は・・・

ドライブ途中で思い出したことがある。

「嫁に行くときに持たせる家具一式を注文してある」と親が言っていたこと。

「見てこようか?」「うん、見よう」

意見が一致して、家具店の花嫁道具を見てビックリ!!

な、なんとスゴイ。でっかいタンスに鏡台・・・タンスだけでも3本ある。

アズキ色で、いかにも結婚式ってかんじ。

「これって、すごくない?」

私たちは、感心して見とれていた。

しかし、親も親だ! まだ相手も決まっていないのに注文するなんて。

家具店の人たちは、「やっと持っていってくださるのか」とホッとしたに違いない。

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2007年1月16日 (火)

野菜と話ができる?

「野菜と話をしながら仕事をしている」

なんて不可解な言葉だろう。そして、なんてステキな言葉だろう。

野菜が暑い!と言えば、涼しくしてあげる。

水が飲みたい!と言えば、水やりをする。

オレは野菜の気持ちがわかるのだ・・・という。

ドライブの車の中は、笑い声でいっぱいになっている。

野菜言葉も面白いが、すべての会話に笑いがつく。

「ねずみが5匹でなんという?」

「お父さんのゲンコツ・・・ゴチュ!」

「ねずみ4匹は?」

「今晩のおかず・・・シチュウ」

てなぐあいで、可笑しくて可笑しくてお腹がケイレンをおこしそうだった。

アレ? 私が来た目的は何だったか?

まあ、いいや。 楽しければいいやん。

ついでに、ねずみ3匹は?「君とボクの仲・・・ヒミチュ」

あとで、ぜ~んぶ教えちゃう!

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2007年1月15日 (月)

こんなはずじゃなかった・・・

農業にも夢があったなんて知らなかった。

何もすることがなくてたどり着いた職業が農業だと勘違いしていた。

彼には大きな夢があった。

私に語る目は輝いていた。

農業を本当に愛していて、生涯の仕事に選んだのは中学2年生の時だという。

そんなに早くに職業を決めてしまっていいの?ってかんじだけど、やりたいことがわかっただけでも尊敬する。

みんな、自分が何にむいているのかがわからなくて四苦八苦するのに、この人は何てすごい人だろう、と思った。

こんなはずじゃなかった。 私は、何をしにここに来たのだろう。

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2007年1月14日 (日)

わが家に到着

いろいろな思い出を頭の中で回転させているうちに、バスは目的地に到着した。

まるで時間がとまったような世界だ。

急ぐこともなく、のんびりと歩いて家に向かった。

「ただいまあ!」

「おお、来たか。明日、行って断ってこいよ」

この言葉で目がさめた。

そうだった。私の目的は、お見合いをお断りすることだった。

いやだなあ~。 明日か・・・とにかく、行くだけ行ってみるか。

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エエッ! 朝から?

1番のバスに乗って途中で降りる。

そして、気分転換にボーリングをする。

そのころは、ボーリングが流行っていて早朝から営業していたのだ。

軽くスポーツをして、2番のバスを待つ。

変わった高校生だと思われても仕方ないね。

もうバスにも慣れて車酔いをしなくなったのに・・・。

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2007年1月13日 (土)

バスに乗るのは何年ぶりだろう

ちょうど、いい時間にバスが出るようになっていた。

1時間に1本も出ればいいほうで、ヘタすると2時間待ちになる時もある。

これは、中学・高校とバス通学だったからわかっている。

ガソリン臭いバスの中。 冷たいビニールシートの椅子。

バスに乗るのは何年ぶりだろうか?

わずか30分間に耐えられずに途中で降りたこともあった。

そう、私は車に酔う体質だった。

だから、朝は1番のバス(6時半)に乗って、途中で降りて2番のバスに乗ることもあった。

懐かしい昔の話である。

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2007年1月12日 (金)

なんだか懐かしい気分

大阪から金沢までは「雷鳥」で、金沢から輪島までは急行列車または鈍行(普通列車)で帰る。急行といっても普通列車とそう変わりはないほどノ~ンビリしている。

故郷が近づくにつれて、気持ちが緩んできた気がする。

とても懐かしい。あんなに田舎を嫌って離れたのに・・・。

そうだ! この気持ちを書きとめておこう。

また私のクセが出てきた。 なんでも文字にして残しておくクセである。

そうしているうちに、輪島駅に到着した。

あいかわらず、観光客がいっぱい来ていた。

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2007年1月11日 (木)

ゴールデンウィークは田舎で!

「水野さん、5月の連休はどうするの?」

「私、ちょっと田舎に帰ってきます」

「なんかあるのですか?」

「いや~、お見合い話を断ってこようと思って」

お土産頼むぞ!と言われて大阪を後にした。

どんなお土産がいいかなあ。 輪島のお土産は高級だからシンドイかも。

なあ~んて考えながら特急列車に乗った。

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2007年1月10日 (水)

農業大嫌いをおさらいしましょう

なぜ、農業が嫌いなのかをおさらいしましょう。

先ず、働いても働いても儲からない。

そして、休日がない。 女性としてのおしゃれができない。

畑に出てさえいれば、「働いている」と思われること。

最後に、「あいつは頭が悪いから農業しかできないのだ」という誤解。

あっ、もう一つあった。

私は、虫が大嫌い! 特に、小さい虫が集団になっているのが嫌いである。

まだあるかもしれない。とにかく、農業は嫌いなの!

結婚相手として、最も外したい職業No.1である。

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2007年1月 9日 (火)

見たくもないけれど・・・

こんなに写真をいっぱい持って来ても見たくもない。

でも、せっかく母が大阪まで来てくれたのだから、見るだけ見ようか。

それは、その人が中国に旅行した時のものだった。

みごとに全枚数、笑っていた!

こんな見合い写真は始めてだった。

何がおかしいのか、何が嬉しいのか・・・こっちを向いて笑っているのだ。

私まで笑ってしまった。

母は、「どうする? 断っても断っても言うてくるし・・・」

「じゃあ、私がじかに会ってお断りするわ!」

そういうわけで、5月の連休に輪島に帰ることになった。

はっきりと言うべきことは言わないとわからないのよ、相手は。

母は、一晩泊まって持ってきた写真をまた持って帰って行った。

         田舎の母と

  「大阪の空にも星はあるがいね」と田舎言葉で母が言う。

ふと見上げると、今夜の空は紺碧でいつになく星が輝いていた。

「あっ、流れ星や! ほら、あそこに」と指差す彼方に一筋の流れ。

「あら、あれは流れ星じゃなくて・・・」と言いかけてハッとした。

母には流れ星に見えたのだった。

「そうや。大阪にだって星はあるし、流れ星だって見えるんやからね」

明日帰る母は、飽きもせず空を見上げていた。

そのそばで、今夜だけは星の光が消えませんように、と祈る私がいた。

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2007年1月 8日 (月)

私に縁談?

「赤い着物が似会う年齢のうちに結婚してくれ」

そう言われ続けていた私のところに縁談が舞い込んだ。

「農業」と聞いてすぐに断った。

田舎の親に「私、農業が大嫌いなのを知ってるやろ?!」

電話口で怒鳴っている私がいる。

親って、おせっかいというか、ありがたいというか・・・次々とお見合い話をもってくる。

花屋さんとか公務員、外国航路の船乗りさんもあったなあ。

船員さんの時は、ちょっとだけ気持ちが動いた。

「案外と楽かもしれない」と思ったのだ。

ところが、この話は両親の方が断っていた。

今回の農家の跡取りはというと、いくら「娘がその気がないと言うので」とお断りしてもダメのようだ。

「ぜひ、会うだけ会ってほしい」と、向こうも粘り強い。

ついに、母がアパートまで写真を持ってきた。

「ドサッ!」と置いたのは20枚はあるだろうと思われるスナップ写真だった。

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2007年1月 7日 (日)

頑張れ! 負けるな!

私は、宮ちゃんのアパートから会社に通うことになった。

方角は正反対だけど、時間的に同じだったから良かった。

泣いてばかりで、自分も死にたいと言う。

「どんな死に方が一番きれいやと思う?」

「自殺にきれいな死に方なんかないよ」

美人は死に方まで綺麗な方法を選ぶのかと思った。

そして、「彼女は死んだりしない!」と確信した。

ずっと、夜もいっしょに寝ていた。といっても、宮ちゃんはベッドで私は下だけど。

手をつないで寝た。 私よりも6歳も年上なのに、子供みたいに泣いてばかりいた。

でも、ようやく落ち着いたみたい。

しゃべることがなくなるかと思うほど話をした。

私の思いつくまま、知っているかぎりの生き方の話をしたのだ。

今、死んでも彼には会えないこと。

自殺して喜ぶ人はいないこと。

まだしなければならないことがあるはずだ、ということ。

宮ちゃんは、今回の恋愛で親からも兄弟からも縁を切られた。

もう、誰にも頼れないのだ。

悲しいね。寂しいね。

頑張れ、負けるな! 宮ちゃん。

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2007年1月 6日 (土)

「助けて! 死にそうなの!」

それは、夜も遅い10時頃だったと思う。

宮ちゃんからの突然の電話だった。

「ノンちゃん、正夫さんが危ないねん! でも、私は行かれへんねん」

言わなくてもわかるよ。奥さんがいてるからやね。

看護婦さんからの極秘電話で知ったのだろう。

午前0時15分。彼は息をするのを止めた。

看護婦さんからの電話。「とてもいいお顔でしたよ。ちっとも苦しんでなかったですよ」

かわいそうに・・・宮ちゃんは彼氏の最期を見ていない。

お葬式にも行っていない。

お墓だけは、なんとか聞いて場所がわかったらしい。

それからの宮ちゃんは「死に急ぐ」生活となった。

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2007年1月 5日 (金)

楽しい毎日

なんだか、とても会社が楽しい。

占いに凝っている社員が、自分の出張先の方角や日にちまで占いに頼っている。

もちろん、外国行きだが・・・そこまでしなくてもいいのに、と思う。

今度の社員旅行は、フィリピンのマニラに決まった。

会社に届くお中元やお歳暮などは、社員がくじ引きで品物をもらう。

等など、今の会社は私にはハッピーこの上ない。

土・日は休みだし、残業はないし、ルンルン気分だ。

バイトや習い事もできる楽しい生活!

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2007年1月 4日 (木)

「神様は、いてるんやね」

「ノンちゃん、神様っていてるんやね!」

病院の看護婦さんの中に、ふたりを応援してくれている人がいる、という。

その人は、奥さんが帰ったらすぐに電話をくださるそうだ。

「今、奥さんがお帰りになりましたよ」というふうに。

宮ちゃんには一筋の光が見えただろう。

毎日のように、電話を待っている宮ちゃん。

本当にその看護婦さんは神様だった。

明るくなった彼女に私まで明るくなって、ますます会社が楽しくなってきた。

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2007年1月 3日 (水)

奥さんにバレていたの?

正夫さんのお世話に通っていた宮ちゃんは、奥さんとばったり出会ったそうだ。

奥さんは知っていた!

そりゃそうだろう・・・ダンナの帰りも遅いし、たまには泊まってくるし、土・日になると出かけるし、バレないほうがおかしいと思う。

奥さんは、法的手段を出してきたそうだ。

「これ以上、主人に近づくと訴えますよ!」

私が見た限りでは、正夫さんは奥さんより宮ちゃんといた方が安らかな顔をしている。

離婚して結婚しよう、という話は諦めても、お見舞いに来ることさえ出来なくなった彼女は「こんな悲しいことはない」と言う。

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宮ちゃんの病気

宮ちゃんの病気は、家族性症候群といって、ポリープが1つや2つではなくて、無数に出来るものだという。
検査のたびに思わぬ場所に転移しているのが見つかるらしい。

私の知らぬ間に2度目の手術をしていた。

卵巣に転移して、左右の卵巣と子宮まで切除したそうだ。

彼女たちは、病院で出会い、恋に発展して現在に至っている。

2度目の入院の時には、正夫さんは宮ちゃんの看病をよくしてくれたそうだ。

でも、その時には自分のガンは進行していたわけだ。

しんどいはずなのに、自分のことより彼女のことを心配してくれていたのだ。

その時点では、まだ奥さんに見つかっていないはず・・・というけれど、本当はどうなのかなあ? 

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2007年1月 2日 (火)

ヘエ~! お国が変わればすることも違う!

また、会社でこんな驚きもあった。

たしか、イランからのお客さんだったと思う。

時間がくると、何をしていてもお祈りを始めるのだ。

私には、初めて目にする光景なので驚いたのなんのって!

宗教って偉いなあ。 なんでそこまでできるの?

喫茶店でサンドイッチを注文してもハムだけ食べないの。

バターよりマーガリンなのね。

日本人でここまでする人っているかなあ。

私は、初歩的な驚きを体験したのだった。

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会社は楽しいよ!

「水野さん、最近どうしましたか? なんか元気がないですね」

「そんなことないです。 会社は楽しいですよ!」

私って態度に出るのかしら・・・わかるのかな?

英文タイプの仕事は楽しくて、簡単。

というのは、いつも同じ文章が多いからだ。 単語を変えたり、数字を変えたりするだけで書類が出来てしまう。だから、ほとんど覚えてしまっている。

急ぐ書類の時は、私の後ろで読み上げるのをタイプするほど慣れてきた。

もうひとつ、とても楽しみなことがあるのだ。

よく外出できるのが嬉しい! 出来た書類をいろいろな会社に届ける仕事だ。

貿易会社(今はこうは言わないのね)だから、それなりの船会社や銀行などに出かけていく。 私は、電車や歩き。 自転車で行く人もいる。
その帰り道が楽しいのよね。 

私は、必ずといっていいほど喫茶店に入る。会社の書類を広げて、いかにも仕事をしているように見せかけて、本当は懸賞小説を書いているのだ。

〆切間近になると、時間を忘れて書いている。

「帰るのが遅れる!」と慌てて飛び出して走って帰ることもある。

こんな毎日だから楽しいよ。

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2007年1月 1日 (月)

本当の話なの?

夜遅かったけれど、とにかく宮ちゃんのアパートに到着した。

「ノンちゃん、ありがとう。来てくれはったんやね」

正夫さんは、やっぱり胃がんの再発だった。

宮ちゃんの病名は・・・なかなか教えてくれなかったけれど、やっと聞き出した病名に返す言葉もなかった。

「大腸がん」だった。それも、進行性の・・・。

定期的に腸の検査をして、ポリープが見つかれば除去するという。

それと平行して、抗がん剤を投与するという。

検査は1日で済むけれど、抗がん剤の投与は入院が必要らしい。

白血球を調べて、少なかったら投与は中止で、白血球の数を増やしてから行うというのだ。

私は、わが耳を疑った。 なんて難しい病気なのだろう。 腸を短く切っただけじゃなかったの?

驚き過ぎて涙も出なかった。

宮ちゃんは、自分の病気のことより彼氏の病気のことで泣いていた。

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