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2007年6月の24件の記事

2007年6月30日 (土)

待っていてくれた人たち

わが家の仕事の半分は、野菜苗の生産と販売である。

種苗店に卸しているのが半分で、後の半分は小売りをしている。

私は、冬になると注文行脚にまわる。

一軒、一軒まわることが当然のようになっている。

少しでも遅いと、「今年は来ないのか?」と心配してくれる。

いつもなら20軒は歩けるところ、その年は5軒がやっとだった。

フラフラとやっと玄関を開けると、「あんた! 大丈夫やったんか?」

「あんたが来なけりゃ、苗を町で買わないといけないから待ってたんや」

「治って良かったなあ」 などと、次々と言われた。

中には、泣いてくれる人もいた。

なんて嬉しいつながりなのだろうか。Yama_006 

私を、いやわが家を待っていてくれるお客さんがいる!

いくら田舎とはいえ、車社会だから苗を買うことくらいできると思う。

それなのに、私が注文を聞きにまわるのを待っていてくれたのだ。

この人たちのためにも、いい苗を作って配達をしなければならない。

それが私たちの仕事だ。Yama_005

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2007年6月29日 (金)

私にできること・・・使命

Sさんの死で、「生きること」を考えることができた。

私が、手術の失敗もなく、このように元気でいられるのは何か使命があるように思われる。もちろん、お医者さんのおかげでもあるが・・・。

何かをしなければならないから、私は生かされているような気がしてならない。

体力的には自信がない。無理な農作業はできない。

でも、少しずつだけど元の自分に戻りつつある。

私は農業が好き! 夫の作る野菜を愛している。

私は人が好き! 生産者と消費者との関係がとても面白いと思う。

だんだんと答えが見えてきた。

わが家の仕事(農業)をもっと世間に知ってもらおう。

どんなに一生懸命に野菜を作っているかを知らせよう。

私は、生きている限りわが家の経営に役立つことを使命と決めた。

そんな時に出会ったのが、「ブログを作る講習会」だった。

ブログのブの字も知らなかった私が、なんとか毎日書き続けている。

考えすぎると頭が痛くなるのを克服(?)して、今は楽しい。

良かった! 宿命ではなくて使命に気がついて!

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2007年6月27日 (水)

Sさんの死

それは、あまりにも突然やってきた。

平成16年の秋に、石川県農業総合研究センターの技術指導部のSさんが倒れた、ということを聞いた。

病名は、「くも膜下出血」で、とても信じられない話だった。

「もう少し、日にちが経ったらお見舞いに行こう」そう思っていた。

なぜなら、私が病後、初めて研究センターに行った時のこと。

「もう歩けるようになったん? 無理したらダメよ!」

そう言いながら、遠くから走ってきて声をかけてくれたSさん。

今度は私が、「もう歩けるようになったのですか? 無理しないようにしてくださいね」と声をかけてあげたかった。

Sさんは、私を人前でよく褒めてくれた。私は、また褒められたくて頑張ったような気がする。

平成16年の11月6日。48歳の若さでお亡くなりになった。

というより、「あの世に帰って行った」と言いたい。

突然のSさんの死は、まだ信じられない。あいかわらず忙しくて会合にも出れないのだろう、と思わずにはいられない。

農業を続けてこれたのもSさんの励ましがあったからこそ、と思っている。

何事にも全力投球するパワーの持ち主。

あの勢いは忘れない! 忘れることができない!

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2007年6月26日 (火)

あ~、怖かった!

いつまでも病院まで送ってもらうのも申し訳ない気がして、「今度から自分で行くよ」と言ってしまった。

送ってもらうと、帰りまでの何時間かが運転する人に悪い。仕事が忙しくなってきたのがわかるから、自力でなんとか病院まで行こうと決心した。

前だけの運転ならOK! バックは、ミラーに頼れば良い。

うん、これなら大丈夫。行ける、行ける!!

気をつけていってきま~す

ところが、運転するのって視線をものすごく移動させることがわかったのだ。

まっすぐに運転しているつもりでも、いたるところに目がいっている。

わき見運転ではないのに、これほど回りを見ているなんて驚いた。

いちばん怖かったのは、支線から本線に入る時に後ろから車が来ているかどうかを確認できなかったこと。

普通なら、頭を動かして横というか、遠くの後ろの車線を見る。

それができなかったのだ。

首を動かすことができないから、ミラーに頼っても車はすぐ近くまで来ているのだ。

恥ずかしい話だけど、しばらく車を止めて絶対に後から来ないのを確認してから再出発をした。迷惑な運転でごめんなさい。

1時間半の運転で、病院に着いた時にはヘトヘトになっていた。

帰りもまた同じ道を走らなければならない。

これをクリアしないことには、私の第一歩が始まらない!

そんな気がして頑張ってチャレンジしたのはいいけれど、あ~、怖かった!

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2007年6月25日 (月)

久しぶりに農園にGO!

退院してからは、ひとりで車を運転したことはなかった。

首が回らないのと、視野に自信がないからだった。

でも、頑張って家からハウスまで運転してみた。

前しか見ていないから、危ないことは承知の上だが、なんとか無事にたどり着くことができた。

主人も息子も私の姿を見て喜んでくれた。

車から降りると、さっそく平衡感覚が角を出した!

地面が少しでも斜めになっていると、めまいと吐き気がする。

「そうか~、これくらいの斜面でもダメか」

あきれる夫の言葉。

私は、今まで気もつかなかった斜めの箇所をずいぶん見つけた。

もっと良いものでも見つければいいのに・・・まあ、最初の外出としては成功といえよう。

明日はもっと足を延ばそう!Ueda_006

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2007年6月23日 (土)

絶対安静・・・・か

2泊3日でも、一応、手術にあてはまる治療らしくて”絶対安静”が言い渡された。

家にいると、なかなか安静にしていられない。

電話がなればとりたくなるし、食事の用意や後片付けもしたくなる。

私は元気なのに・・・と思うけれど、お医者さんとの約束は守るべきだ。

そんな時、大阪の宮ちゃんからメールが来た。

「前の会社に戻った」という。

すごいなあ、あんなに大変だったのに(実際はメールでしか知らないが)仕事を始めるなんて!

私も頑張ろうっと。

その後、”絶対安静”が解除になってからは、徐々に日常生活に慣れるように努力した。

早く大阪に行きたいために・・・宮ちゃんに会うために。

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2007年6月22日 (金)

めったに体験できない小旅行

こうなりゃ、なるようになる!

好きなように、何でもしてください!

もう、私がイヤで逃げ出さない限り、事は始まっている。

時々、笑顔で治療している先生方。

その反対に、集まって何かを相談している先生方。

患者は、お医者さんのため息一つにも敏感である。

全部の行動や言葉、しまいには息遣いまでもを自分に当てはめる。

全てが自分のために・・・とは大げさだが、それに近い感情である。

私は、今回のことは1日8万円クラスのリッチな小旅行だと思っている。

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2007年6月21日 (木)

先生がウソをついた?

自分で歩くことができるのに、車椅子に乗せられた。

ちっとも楽ではない。

きっと、私は車椅子を得意としないのだろう。

放射線治療・核医学」と書かれた場所に着いた。

「核」という字がつく施設は、地方・・・いや遠方に作られるものだ。

誤解かもしれないけれど、私はそう思った。

2泊3日の1日目は練習、2日目が本番、3日目が経過を観察するらしい。

宇宙服に身を固めた私の頭は、想像を絶する程の装置が取り付けられた。

なんの注射か忘れたけれど、頭の3ヶ所に注射をした。

先生は、治療をする前の段階では「痛くないですよ」と言ったのに、本番では痛くて痛くて思わず「イタ~イ!」と叫んでしまった。

驚いた先生は「どこが痛い? どんなふうに痛い?」と焦って聞いた。

注射が痛いに決まっているのに・・・先生がウソをついた!

悪いけれど、本当にそう思ってしまったのだ。

(痛くない、なんて大ウソだ!)

私は、まだ本番が始まる前にすごい吐き気に襲われた。

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2007年6月20日 (水)

定位放射線治療

腫瘍の部分だけに集中照射する、その名は「定位放射線治療」という。

いろいろな方法があって、名前を聞くだけでもSFの世界である。

ライナック・ナイフ
サイバー・ナイフ
ガンマー・ナイフ

などとある中で、私の場合は「ライナック・ナイフ」だそうだ。

頭部を宇宙服のようなもので囲み、固定される。

その鉄兜のようなものの重いこと!

(私、頑張って動かないから、先生もうまくやってください)

この治療の日は、大学病院から応援団(?)が来てくれた。

まな板の鯉ってこのことだ!

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2007年6月18日 (月)

私の場合の放射線治療

「残りの腫瘍だけに放射線をあてます」

(うまく命中しますか?)

「あなたは1ミリたりとも動いてはいけません」

(そんな恐ろしいこと、私にできるのでしょうか)

「動いたら、大切な細胞まで殺してしまいます」

すごい会話が始まった。

とにかく、頭の真ん中に残って頑張りをきかせている腫瘍をやっつけることには間違いない。それには、シュミレーションも入れて2泊3日の入院が必要だという。

何日、入院してもいいけれど失敗してほしくないなあ。

ホントに腫瘍ちゃんだけに命中させてね!

な~んて、人のせいにしているけれど、私も動いたらダメなんだぞ。

「先生、私は元気になりましたから放射線治療を早くしてください」

私は、これをすることによって、すぐにでも残りの脳腫瘍が消える、と思っていた。

それが大きな勘違いだと気づいたのは、何年も経ってからだった。

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2007年6月17日 (日)

シャンプーOK!

ゴシゴシ洗ってもいい・・・という言葉を信じて、今度は思いっきりシャンプーをした。

うつむくのが辛かったけれど、この次は綺麗な頭を先生に見せることを考えて辛いのを我慢して洗った。

できた! これで良し!

頭がスースーして軽くなって、自分のじゃないみたいな気がした。

ルンルン気分で病院に行った。

ところが、今度は先生が傷口を診てくれない。

いつもは触ってみるのに、今回は触りもしなかった。

「もっと体力がついたら放射線をあてよう」

放射線? そう聞くだけで、またまた不安になった。

行きのルンルンとは反対に、帰りはユ~ウツだった。

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2007年6月15日 (金)

恥ずかしかったこと

いつものように、脳外科の診察日。

先生は、私の頭の傷口を見て「まだシャンプーするのが怖いのか?もう、ゴシゴシ洗ってもいいよ」と言った。

私はびっくりした。

うまくシャンプーできないことがわかるなんて、先生はレントゲンかと思った。

感動して、さっそく娘に話した。

娘は介護の資格を持っているので、こういうことは慣れている。

「すごいんよ! まだシャンプーするのが怖いのか?って言われたよ」

娘は、私の話を聞くや否や、新聞紙を広げた。

な、なんと! 耳掻きで私の頭の地層になったフケを落とし始めたのだ。

髪の毛をかき分けながら・・・まるで、お猿さんの親子のように・・・。

なんて恥ずかしい頭を先生に見せたのだろう。

落ちるわ、落ちるわ、すごい量のフケというか皮膚のかたまり。

おかげで頭が軽くなったことは言うまでもない。

明日からは、ちゃんとシャンプーしようっと。

でもね~、頭がしびれているのよね。

どれくらいの力で触っているのかわからない、というのが不思議なこと。

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2007年6月14日 (木)

身体に発疹?

風邪でもないのに、なんだかムズムズしてくる。

そのうちに微熱・・・ン? 何だ、これは!

まるで、子供のはしかのような発疹が身体中に出ている。

見ていると気持ちが悪いくらいブツブツだった。

とりあえず皮膚科に直行した。

「ウイルスに感染したのですね」

なるほどね。 体力が無くなると世間の雑菌にも負けるということだね。

飲み薬と塗り薬で何とか治してもらった。

普通の身体になるのに何ヶ月かかるのだろう。

頭は、鉄兜をかぶったように重くて、自分の身体の一部だとは思えない。

手術をした右半分もしびれている。

シャンプーをするのも右側はできない。

触ることができないくらいにしびれているから。

あ~あ、「あせも」は出るし、ウイルスにはやられるし、しんどいなあ。

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2007年6月13日 (水)

仕事やってみようかな

朝の配達の用意に作業場は戦争状態。

寝ていても、様子がわかるから気になって仕方ない。

キュウリの袋詰めくらいならできるかな?

ちょっとお手伝いしてみようかな。

いくら忙しくても、誰も私に何も言わない。

それだからよけいに手伝いたくなるのだ。

「私も何か手伝うよ」

キュウリの袋詰めくらい・・・と思ったけれど、案外としんどかった。

やっぱり、視線が動くから頭痛とめまいがする。

キュウリを見て、袋を見て、またキュウリを見る。

その繰り返しが、視線だけではなくて頭まで動くことになる。

朝の仕事は、手早い方が助かるのだけど、私の場合は手が遅い。

本当は、手早いのだけど・・・まだ、本来の私が出ていない。

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2007年6月11日 (月)

宮ちゃんも退院

大阪の病院に入院していた宮ちゃんも退院した。

メールによると、「薬の副作用で髪の毛が薄くなった」という。

「お互い、元気になれるのかね~。 元気になったら大阪に遊びにおいで」

(今は無理だよ。電車にもバスにも自信がないから)

「60歳までには会えるだろうね。今のマンション、ステキなの。見せたいわあ」

60歳って、まだ何年先のこと?

退院はしたけれど、ぜんぜんダメなんやね、二人とも。

どっちが先に元気になるか競争やね。

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2007年6月10日 (日)

平行感覚

まだ脳が固まっていないのか(?)平行感覚が全くダメ。

少しでも斜めの場所ではめまいがする。

脳ってすごいなあ、と思う。

今まで何ともなかったのに、「ここは水平ではない!」ということがわかってしまう。

歩く時もそうだ。頭をまっすぐにして歩く。

きっと、本をのせても落ちないだろうと思う。

そのせいか、スーパーに入っても(娘についていくだけ)健康椅子を売るセールスマンにすぐに捕まってしまう。

「奥さん、この椅子は体調を良くしますよ」

その声で振り向くのも身体全体をまわす。

本当に前しか視野に入らないのだ。

あやつり人形かロボットの気持ちがわかったような気がする。

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2007年6月 9日 (土)

みんなのおかげです!

朝も早くからパートさんが何人も来てくれる。

野菜を袋に入れる作業や袋をとじる作業、そして配達もしてくれる。

みんなのしゃべり声や笑い声、袋をとじる音などが部屋まで聞こえてくる。

7時過ぎには配達の1便が出る。8時30分には、配達の2便。

9時開店の店が多く、それまでには納入しなければならない。

朝は本当に忙しいのだ。

(私がいなくてもやっていけている)

ちょっと安心したけれど、ほんの少しの心配もある。

ちゃんと伝票は書いているのだろうか?

パートさんの給料は、あいかわらず自己申告なのだろうか?

現役から放れた時には何も思わなかったことだ。

仕事のことなど、もうどうでもいいや!とまで思ったのに、家に帰ると徐々に現実に目覚めてくる。目覚めざるを得ないのだ。

わが家が仕事を休むことなく店に配達できたのも、パートさんたちのおかげである。

もちろん、家族のおかげであることには間違いないが、み~んながワッショイ!としてくれたからこそである。

つくづく、人間は一人では何もできないことがわかった。

やっぱり、人と人はつながっていなければだめなのだ。

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2007年6月 8日 (金)

何もできない日々

病院から自分の部屋に戻っただけで、全く入院生活と同じ日々が続く。

トイレに行くだけが仕事。食事の用意も娘がしてくれる。洗濯も・・・これには意外なことがわかった。

全自動洗濯機の音が頭に響くのだ。なんともいえない気持ちの悪さ。

クーラーの音や匂いにも敏感になっている。

パソコンは、あいかわらず長時間はできない。スイッチを入れるだけで頭が痛くなるのだ。

身体を使う仕事は無理だから、せめて事務的なことをしよう、と思っても椅子にすわっていられない。

やがて、また診察日がやってくる。

だから、まだ私を病院においておけばいいのに・・・退院は早かったのじゃないですか?

何もできない日々と頭の重さと痛さでノイローゼになりそう!

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2007年6月 7日 (木)

退院はしたものの・・・

ヨタヨタと夫の後からついて行った。

なんて早足なのだろう!

「ちょっと! 速すぎるよ~。 もっとゆっくりと歩いてよ」

「これが速いのか? すごい遅く歩いているんだぞ」

どうしよう、ついて行けないじゃないか。

やっとのことで駐車場にたどり着いた。

私は、まだ頭を動かすことができないことがわかった。

左右を向く時には、身体ごと動かす方法しかできない。

まるであやつり人形のようだ。

頭を動かせないということは、眼球を動かせないということだ。

正面しか見ることができない。病室では考えられないことだった。

退院はしたものの、明日からの生活が心配になる。

明日から、というより今晩から家で生活しなければならない。

神様は私に2ヶ月しか休日をくれなかった。

ごめん、ごめん。 2ヶ月も休日をくれたのだったね。

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2007年6月 6日 (水)

神様がくれた休日も終わりそう・・・

「もう、いつ退院してもいいですよ」

(私、ぜんぜん自信ないんだけど・・・・)

「車椅子で退院なさる人もいますよ」

(居づらいからだわ、きっと・・・)

病院って、本当に独特な所。入院した当初は、ものすごく優しくて親切で、もう退院するころになると、チクリチクリと後押しをする。

お金を払わないわけじゃないのに、もう少し入院させてくれたら病院側も収入になるんじゃないの?

いつでもいいですよ、な~んて言われたら、居づらいのなんのって!

さあ、神様がくれた休日も終わりに近づいたかな。

おかげで、いろんな勉強をすることができた。

本も読めたし、落ち着いて農業のことを考えることもできた。

これからの生き方にプラスになった!

そろそろ荷物をまとめようかな。

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2007年6月 5日 (火)

今回はいいかも知れない

わざと傷口を下にして寝るようになって、信じられないけれど調子がいいみたい。

先生も、毎日のように頭を触ってみて「大丈夫だな」と言ってくれる。

3日経っても、4日経っても水が溜まってこないようだ。

第一、頭が腫れてこないのが証拠。

そして、1週間。

とうとう髄液は溜まらなかった。

先生は、「良かったなあ!ホントに良かったよ!」

そう言って、両手で私の頭をはさんでころげまわした。

(先生、そんなにもみくちゃにしていいんですか?)

人の頭だと思って、思いっきりなでまわす先生。

きっと、私と同じくらい嬉しかったのだろう。

いや、私以上かもしれない。担当の患者が治っていくことに喜びを感じない医者はいないだろう。

「シャンプーしてあげましょうか?」

看護師さんがやさしく言った。

まだシャンプーするのは不安だけど、プロだから上手にしてくれるだろう。

お祝いにやってもらおうかな。

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2007年6月 4日 (月)

看護師さんのアイデア

私がもう4回も水抜きするものだから、看護師さんも考えてくださった。

「傷口の方を下にして寝てみたら?」

キャ~! とんでもないです。

怖くてそんなことはできません!

私は、頭の手術以降、右下にして寝たことがない。といっても寝返りはどうだかしらないけれど。

どう考えたって、傷口を守るために上にしたいと思うだろう。

重い頭をのっけるには勇気がいる。

「たぶん、傷口を下にすると髄液も溜まらないと思うけれど・・・」

そうかなあ、と半信半疑でやってみることにした。

大事に、大事に・・・そうっと、頭をのせてみた。

せっかく看護師さんが、私のためにアイデアを出してくれたのだから、やるだけはやってみようと思う。

3日で、いや1週間で結果が出る。

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2007年6月 2日 (土)

4度目の正直

前日、先生が私の頭を触って「溜まっているなあ、ブカブカや」と言った。

それもそのはず、これ以上はおけない程、頭がパンパンで重い。

ガラガラガラ・・・またプチ手術台の音がする。

と同時に、私の涙腺は緩み始めた。

何回も同じことをさせている自分が悲しいのか、先生に対して申し訳ない気持ちなのか、わからない。

部屋に入った瞬間に、泣いているのがわかったのだろう。

先生はじめ、スタッフ一同は無言で事を進めた。

こんなに押さえてもいいのか、と思うほど押さえて最後の一滴まで出した・・・であろうと思う。

水抜きはこれで終わりにしたい、という気持ちが込められていたのだろう。

注射針を刺す痛さより、先生が頭を押さえるほうが痛かった。

いつもは冗談を言いながらの先生も、最初から最後まで無言だった。

看護師さんが助け舟を出した。

「これさえなければ退院できるのに、いつまでも家に帰れなくて悲しいのね」

(違います。別に帰りたくはないのです。帰ったら仕事をしなければなりませんから)

髄液を抜かれて頭が軽~くなった。

半日、ブルーな気持ちで後は普段の私に戻った。

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2007年6月 1日 (金)

二人そろって病院か・・・

なあ~んだ、宮ちゃんも病院か・・・。

私はもうすぐ退院するけれど、宮ちゃんはいつになることやら。

メールでは、「お互いに元気になったら会おうね」と約束した。

(今の私の体調だと、電車どころか出かけることさえ無理のような気がする)

ドラマでは、死ぬ前に旅行を・・・というのがあるが、あれは絶対にウソ!

しんどい身体を引きずって歩くことができようか?

車椅子に乗せてくれても有難くない。

ベッドに横になっているのが一番いい!

二人そろって病院か・・・重い足がますます重く感じる。

「明日は水抜きしましょうね」

遠くから聞こえてくる看護師さんの声。

なぜかわからないが、涙が出てきた。

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