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2007年9月の12件の記事

2007年9月30日 (日)

お祝いの言葉にハッピー・ハッピー!

娘の結婚が近づくにつれて、出会う人が「おめでとう」と言ってくれる。

「良かったね、近くにいてくれて」

「良いところに決まったね」

「ホントに良かった、おめでとう」

どの言葉も心から喜んでくれているのがわかる。

母が亡くなったのは置いといて・・・迫り来る儀式に全力をつくそう。

ハッピー・ハッピーの毎日に追いかけられている。

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2007年9月24日 (月)

婚礼支度の今昔

子供が小さい時の夫婦の会話。

「この子が嫁に行く時は、アレもいらない。コレもいらない」

アレコレとは・・・私が結婚する時に持ってきた花嫁道具のいくつかをさしている。

いちばん違うのは、着物の枚数である。

私の場合は、母が着物が好きだったこともあって人より多いと思う。

いまだに一度も着ていない着物もあるし、その後、私が自分であつらえたものもある。

とりあえず、娘には最低限の着物だけはそろえたけれど、果たして着てくれるかどうかが心配。今後の日本、着物を気軽に着れるような社会になってほしいものだ。

それから、応接セット。 昔は、それが流行っていたのかもしれないが、なくても良かった品物のひとつだ。

細かいことを言えばキリがないが、今の若者はしっかりしていると思う。

いらないものは「いらない」と、はっきり言う。

私たちは親が買ってくれたものを、わからないままに持ってきた。

考えてみればお金の無駄遣いである。

親にとっては、見栄もあるのだろう。

実際に結婚の準備を始めて驚いたのは、寝具の値段だった。

ペアの値段かと思ったら1人前で、新郎新婦用だとその倍の値段ということだ。

まあ、一生の三分の一は寝て過ごすというから、そこのところは大目に見よう。

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2007年9月22日 (土)

子は宝

そういえば、昔(といっても、大昔ではないが)は子供への褒め言葉に「たからやね~」と言う人がいた。

「おりこうさん」と同じ意味である。

最近、子は宝という言葉をしみじみ思う。

やがてお嫁に行く長女。 農家の跡継ぎになった長男。

二人はわが家の「宝」である。

母の気持ちがやっとわかってきた。娘を嫁がせるようになって、しかも親が亡くなってから・・・ちょっと遅すぎたんじゃないの?

私は、二人を守るためなら何でもする覚悟だ。

大げさに言えば、「命と引き換えても守る」

母の死は、もしかして誰かの身代わりかもしれない。

私だったり、孫だったり・・・そういうことならば、有難く頂戴するとしよう。

いちばん心配かけてなかった自信があったのに、いちばん最悪な病気になった私。

結論としては、母にとってはこれ以上の心配事はなかっただろう。

私の残りの人生に色づけをしてくれた。

それは、父親との接触だ。今ほど頻繁に実家に通うことはなかった。父からの電話も99%なかった。それなのに、母は私にその時間を残してくれた。

父にとって子は私。母親とは違う想いかもしれないが、やはり「子は宝」と思っているだろうか?

そんなことに気がついて、私は相変わらずラッキーな女だ。

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2007年9月19日 (水)

SFの世界

人間には、法名と俗名とがある。

そこで私はピーンときた。本当に宗教を勉強している人には笑われるかもしれないけれど、私はSFの世界を考えてしまった。

「あなたは、○年○月まで人間として生きなさい。そして、あなたがするべき仕事は○○です」

そう言われて仮の名前をもらった。

するべきことをして、やがて約束の日が近づいてくる。

その日が「死」となって、その人はもとの所に帰っていく。

法名こそが本当の名前である。

ふと、そんなことを考えた私だった。

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2007年9月18日 (火)

主のいない畑

母が逝ってから、畑の世話は父がしているらしい。

枕元には「園芸」の本が置いてあった。

家の近くの畑におりて見た。ナスは、大きいのがブラブラ。ピーマンやシシトウは「早くとってよ~」と言っているみたい。
フルーツトマトは、まっかっか! おまけにヒビが入っている。

どれもこれも、春に母が植えた苗である。

父は、枯らさないように世話に一生懸命である。

ナスには真っ白に農薬がかかっている。

「どうしたん? かけすぎやわ~」

「軽くかけたつもりがこうなった」

連れ合いを亡くし、野菜まで枯らしたら終わりやね。

父の気持ちもわからないではない。

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2007年9月13日 (木)

冗談のような本当の話

まったく父親は料理の「り」の字も知らないことがわかった。

料理以前の話で、笑えることをひとつ。

母が地物市で売るために植えた野菜がすくすくと伸びている。

ナスやピーマンなどは、食べきれないほど収穫しているらしい。

ナスはいいとして、問題はピーマンのこと。

「大きくなればなるほど、中が空洞になる」と言って、ほおづきのような小さなピーマンをとってきていた。

私は、呆れるやfら可笑しいやfらで空いた口がふさがらなかった。

たしかに言われるとおり、ピーマンは大きくなればなるほど、中の空洞が広くなる。

父は、母の作ってくれた料理を何も考えずに食べていたらしい。

それこそ、ピーマンの空洞は当たり前のことさえも気がつかないで・・・。

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2007年9月12日 (水)

逝った日に感謝!?

「逝った日に感謝」とはどういうことか?

もし、農閑期でヒマな時間が多かったら・・・こんなに早くは立ち直れなかっただろう。

忙しかったから、農業のことや娘の結婚のことなどで泣いている日数は大幅に短縮された。

私は、母がいい時に逝ってくれたと感謝している。

しなければいけない急ぎの仕事が多くて、メソメソしている時間はなかった。

それでもやっぱり、シ~ンとしていると考えてしまう。

「いけない、いけない」とすぐに体制を整える。

そういえば、遅らせてもらった結納の日。

11日遅れで何とか無事に終えることができた。

母と選んだ掛け軸が床の間に吊るしてある。

娘(母にとっては孫)の振袖姿を見せてあげたかったけれど・・・結納の品も見てほしかったけれど・・・。

でも、ちゃんと母は見に来ていた。

私と娘にしか見えなかったけれど、たしかに母が見に来てくれた。

「あの写真に母ちゃんも写りたかったんやね」

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2007年9月11日 (火)

「千の風になって」

悶々とした日々、憂うつな日々、ピーンと来ない日々を過ごしていた時に、「千の風になって」のCDが届いた。

この曲は以前から知っていたけれど、「考えたこともない内容の歌」ぐらいにしか思っていなかった。

ところが、今、やっと意味がわかってきた。

私は、この内容を聞くや否や身が軽くなった。

そうか、母はいつでもみんなを見ているのだ。

その母に恥ずかしくない生き方をすればいいのだ!

     「千の風になって」

私のお墓の前で 泣かないでください

そこに私はいません 眠ってなんかいません

千の風に 千の風になって あの大きな空を 吹きわたっています

秋には光になって 畑にふりそそぐ

冬はダイヤのように きらめく雪になる

朝は鳥になって あなたを目覚めさせる

夜は星になって あなたを見守る

 

私のお墓の前で 泣かないでください

そこに私はいません 死んでなんかいません

千の風に 千の風になって あの大きな空を 吹きわたっています

千の風に 千の風になって

あの大きな空を 吹きわたっています

あの大きな空を 吹きわたっています

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2007年9月 7日 (金)

ロスト症候群?

友達が私を心配してくれた。

「ロスト症候群になっていないか?」

ロスト症候群? 初めて聞く言葉だけど、なんとなくわかる。

聞くと、ペットなど愛する物(人や動物?)を失った時に起きる心の状態をいうらしい。

たしかに私は当てはまっていると思う。

どうせ死ぬのなら、母のような死に方が理想的だ。

外傷もなく、他人に迷惑をかけない・・・まったく、みごとな死に方だと羨ましく思う。

1週間毎のお逮夜も、お参りしてくれる人が絶えない。

ロスト症候群? 私ってそれなのかもしれない。

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2007年9月 5日 (水)

人間の価値

その人が、生きている間にどれだけ人の役にたったか・・・ホントに好かれていたか・・・などは、死んでからわかると思う。

母の御通夜は、会場に入りきれないほどの人が来てくれた。

「突然の死」ということもあって、いろいろな人が一緒に悲しんでくれた。

大勢の人だったからお葬式は少ないだろう、と思っていたが、御通夜にも増してお葬式は大勢来て下さった。

どういった関係なのか、知らない顔も多かった。

皆さん、泣いてくれた。

生きた価値って最後に表れると思った。

母は、74歳で惜しまれて死んでいった。

私の場合をふと考えてしまった。私の時はこれだけの人がお参りしてくれるだろうか?

人間の価値は最後にわかる!

これからの生き方をムダにしてはいけない。

自分自身の価値をあげるために・・・。

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2007年9月 2日 (日)

不思議な体験

それはお通夜のことだった。

知らぬ間にウトウトして、ハッと目覚めたときのこと。

私のまわりに無数の光ったものが飛び回っている。

最初は、自分の目のせいだと思い、ゴシゴシとこすったけれど光は消えなかった。

「何、これ? 何、これ!」と思いながら、一生懸命に見た。

前に後ろに・・・まるで私を踊りに誘っているかのように飛び回っている。

写真をとることも考えたけれど、カメラの用意をする間も惜しくて目をはなせない。

そのうちにキラキラ光るものは無くなった。

嬉しかった! ぜんぜん怖くなかった。

他人が見ると、「あの人はダンスをしているのか?」と思っただろう。

それほど、私を踊らせたのだ。

やがて、夜が明ける。 実感のないままに葬儀の準備が整いそうだ。

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2007年9月 1日 (土)

平成19年は忘れられない年

平成19年3月25日(日)朝9時42分。

能登半島を震度6強の地震が襲った。

私は、パソコンで事務をしていた。他の人たちは、明日からの苗の接木作業の準備のためにビニールハウスに行っていた。

突然の揺れで、立っていることがやっとだった。

食器棚が倒れる音がする。私は、パソコンの電源も切らずに飛び出した。

靴を履くなんてとんでもない。履いていられるような状況ではなかった。

ころがるように外に出た。

これが地震?!

こんなに大きいのは初めてのこと。足の振るえが止まらなかった。

この地震の4ヶ月程あとに母の死亡。

そして、また4ヶ月あとに私の娘の結婚式がある。

母にとっては初孫の結婚式だった。

4ヶ月毎に何かある。私は、この年を忘れない。

あまりにもいろいろなことがありすぎる。

結納の日を延長せざるを得なかった私に、「人生、こういうこともあるもんですよ。結婚式は予定どおりしましょうね」と優しい言葉をかけてくれた仲人さん。

本当に生きているといろいろなことに遭遇する。

ハプニングはこちらが希望したことではない。

向こうから前ぶれもなくやってきたのだ。

すべてを受け入れるには、私はまだ未熟すぎる。

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