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2008年1月の16件の記事

2008年1月31日 (木)

ひとり言

お念仏にさほど執着していなかった家族が、朝と晩に必ずお参りをしている。

その部屋に入ると「ばあちゃん」と声をかけたり、「好きなブドウだよ」と言ったりして返事のない会話をしている。

おじいさんはひたすらにしゃべっている。それこそ、会話になっている。

息子も、ばあちゃんの言おうとしていることがわかる、と言っている。

ヘタなお念仏を唱えていると「いいかげんにやめろ」と言われているような気がする。

笑い顔の遺影にして良かった。

生きている時と変わらず会話ができる。

ひとり言のように聞こえても、私たちには返事が聞こえてくる。

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2008年1月29日 (火)

みんな、ありがとう!

野菜苗の注文書が順番に戻ってくるようになった。

まだ種蒔きもしていない。

私たちは、いや主人は注文書を見て責任がいちだんと重くなる。

お客様は、苗があるものだと信じて注文をしてくれている。

苗はこれからの私たちの仕事にかかっている。

「みんな、ありがとうね」と言いたい。

わが家は無理強いをしない方針だ。

ひとりでも注文してくれる人がいれば、その人のために苗を作りたい。

来月からは、私がお得意先をまわる。

苦情あり、お褒めあり、自慢あり・・・の楽しい(?)仕事である。

私はイヤではない。人の話を聞くのが上手い。だから、私が来るのを待っていたかのように話す。

玄関ばらいされないかぎり、私は一軒一軒まわる。

みんな、ありがとうね!

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2008年1月28日 (月)

忘れた頃にやってくる?

能登半島地震から10ヶ月目のある朝。

そう、あと2ヶ月で1年が経とうとしている早朝の4時33分。

私は、頭からフトンをかぶせられて誰かの下敷きになった。

いきなり! な、なんだ?

そこで目をさましたら、なんと! 地震だった。

1年前のあの時がよみがえってきた。

あの時は、午前9時半をまわっていたから家族はバラバラに仕事をしていた。

真夜中の出来事でなくて良かった、と今さらながら思う。

しかし、今朝の夫の行動には驚いた。

私を守ってくれるのはいいけれど、自分だってクーラーが落ちてくれば大ケガするよ。

私は鏡台のそばで寝ているから、それに整理ダンスも横にあるし、倒れてくればまともに当たる。

やだなあ~、もう寝るのが怖くなったよ。

「ヨイショ、ヨイショ!」と敷布団をひっぱってくっつけたのは言うまでもない。

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病院で「ちりとてちん」

朝の配達をして、おばあちゃんのいる病院に行くとNHKの「ちりとてちん」が始まろうとしている。

私の「ちりとてちん」は、いつも病院の中。

お決まりのこのコースが狂ってしまった。

病院に行かなくても良くなったのだ。行っても誰もいない。

病院からわが家に代わったNHKの「ちりとてちん」。

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2008年1月25日 (金)

めっこ飯

めっこ飯って知ってる?

柔らかい米粒と硬い米粒が適度に混ざっていて、本来のふっくらご飯ではないご飯のこと。

身内のお葬式に行って来た後で炊くお米がそうなる。

特に私からパワーが発生する。

今回はならないわ~! と思っていたところ、ついに昨日のご飯がそうなった。

めっこ飯だ!

絶対にいつものとおりにしたのに、炊き上がったご飯が変な状態になっている。

この現象は、たいてい1回で終わる。

食べて食べれないことはないけれど、ぜんぜん美味しくない!

そこで、お粥にした。野菜と塩を多い目に入れて食感をごまかした。

梅干しをそえて、やっとの思いで食べたことは食べた。

おばあちゃんはお粥が好きだったからお供えもしたけれど、本当にわからない現象である。

人に言っても信じてもらえない。経験のある人なら、「葬式後はそうなるよね」と言ってくれる。

めっこ飯・・・わかってくれる人、いないかなあ。

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2008年1月23日 (水)

旅立ち

おばあちゃんは3年半ぶりにわが家に帰って来た。

「おかえり」としか言いようがない。

これから旅立つおばあちゃんは、足袋を履き、ひざあてをして、コテをはめ、杖をもった。

それから、小さい袋にお金を少し入れて(紙のオモチャ)旅支度は終わった。

ほんの儀式にすぎないけれど・・・。

忘れてはならないものは、輪島朝市のミニぞうりだ。

義母は、朝市に出ていた間、観光客へのサービスとして朝市音頭を唄っていた。

ミニぞうりを10足お買い上げごとに1曲だから、サービスではなく商売のアイデアの一つといえよう。

義母は唄いながら天国に旅立つことだろう。

笑っている写真がなんともいえない。

朝市ではいちばん売れていたかもしれない。売れるから笑顔になる。笑顔だからお客がつく。本当にこれの繰り返しだった。

テレビに朝市が出ると必ずといっていいほど、うちのおばあちゃんの朝市音頭が流れた。毎年、朝市まで会いにきてくれる観光客の人もいた。

景気のいい時に朝市で商売ができて幸せだったね。

あの頃からみると、今は半分だよ。何もかも・・・。

楽しい思い出をいっぱいもって「いってらっしゃ~い」

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2008年1月22日 (火)

病院からの電話

いつものように配達の用意をしていた。

野菜も少なくなったので、私がひとりで店をまわる。

車に積んで伝票も書いた。

家から作業場にむかって夫が走ってくる。ン?どうしたのだろう?

「ばあちゃんが急変したらしい。病院から電話がきた」

おじいちゃんは朝食を済ませたばかりで何の用意もしていない。

「すぐにじいちゃんを着替えさせて! 私が先に病院に走るから」

とは言ったものの、車には野菜が乗っている。

たった2ヶ所の配達だから何とかなるだろう。

とにかく、早く行かなければ!

1軒目の店も2軒目の店も、余分な話はしないで荷物をおろして伝票を渡す。

いつになくすばやい行動に「どうしたん?」と言われた。

ばあちゃん、待っていて・・・私が病院に着くまで死なないで・・・と祈るような気持ちだった。

しだいに目がうるんできて運転しづらくなってきた。

こんな非常時に野菜の配達をしたことと、昨日はお義姉さんと電話で話しをしたことがゴッチャになって気持ちは焦るばかりだった。

病室に着くと、すでにベッドごとナースセンターの横の部屋に移されていた。

「ばあちゃん、ばあちゃん」と何度呼んでも反応がない。

酸素マスクをしているのに息づかいの音がしない。

心臓はかろうじて動いている。

まだ死んではいない! 

どうしよう、どうしよう・・・と思っているうちに夫とおじいちゃんが来た。

息子はハウスの管理をしてから来るという。

何分か遅れて息子も到着した。お嫁に行った娘も到着した。

そして、担当の先生も到着した。

先生の口からは、「1月18日8時18分」という覚えやすい言葉が飛び出したのだった。

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2008年1月21日 (月)

「長くかかりそうかもね」

「モシモシ・・・今日も見て来たけど・・・ぜんぜん変わりないし」

「私も見て来たけど、なんだか長くかかりそうやね~」

私と義姉の電話である。

酸素マスクをしてから、さほど苦しそうではない。

呼べば目をあけて見ている。

富山の薬で、ものすご~く成分のいいのがある。

弱い身体を元気にする、というすばらしい薬がある。

ばあちゃんは、それを若い時から愛用(?)していたのだ。

私たち家族は、死ぬのを待っているつもりは更々ないのだけれど、「いつかね~」と不安な毎日を過ごしていた。

医学の進歩はやっぱりすごい!

点滴だけで2ヶ月ちょい生きている。

「長くかかりそうかもね」

ちょっぴり、わが家の仕事のことを考えてしまった。

明日も見てこようっと。 変わりないだろうけれど・・・。

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2008年1月17日 (木)

ひしひしと感じる

まだ真冬だというのに、私は野菜苗の注文書を書いている。

今年は例年とはちょっと違う。

新聞のおくやみ欄に苗のお客様だった人が次々と載っている。

病院もそうだ。 入院しているお客様が何人もいる。

回覧板をまわす地域は、確実に軒数が減っているのがわかる。

私が歩いて注文をもらう地域も、確実に軒数が減っている。

若い人が「おばあちゃんのかわりに植えたい」と思ってくれるなら嬉しいが、大半の家では畑が遊んでいる。

お仏前に・・・といくつ用意していったらいいのやら。

考えてみたら、20年以上のおつきあいになる。

私がお嫁に来てまもなく野菜苗の注文行脚に出た。

母も近所の注文を聞いては私に電話をしてくれた。

今年、なんとな~く足の出方が遅いのは・・・みなさんが、私の母の思い出話をするのがわかっているからだ。

私は同じような話を何人からも聞かされる。それに耐えられるかどうか自信がないのだ。

帽子嫌いな私に「毛糸の帽子をかぶれ」と言ってくれた母を懐かしく思う。

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2008年1月16日 (水)

婦人会に疑問

町内の婦人会のメンバーが年々減少していった。

ついに今年は10名になってしまった。

私が義母と交代して婦人会に参加した時は、町内のほとんどの人が加入していた。

40名近くはいただろう。

「婦人会」という名称も昔っぽくなったと思う。

今では、元気な人しかできない。それも役員になった人たちだけの活動のように思える。

婦人会の組織に反対しているのではない。

県や市とのつながりのためにも、婦人の代表としての声を伝えるためにも必要なことだと思う。

ところが! 今では、コタツに丸くなってテレビを見ている人のほうがだんぜん多いではないか!

私は、そのような婦人会を脱会した人たちを集めて楽しみたい。

車で送り迎えしてもいい。集会場でワイワイ・ガヤガヤと1日を過ごしたい。

昔の婦人会がタイムスリップしたような、あの賑やかさを取り戻したいのだ。

高齢者にとっては、1年1年が勝負である。

いや、高齢者でなくても我々中高年クラスでもそうだ。

欲張っても後何年生きられる?

私の夢がふくらんだ。

お年寄りが笑ってくれるような集会を開いてみたい!

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2008年1月13日 (日)

病院の裏口で思うこと

今、おばあちゃん(義母)が入院している。

約束の日がくるまで静かに寝ている状態である。

私は、1日に1回もしくは2回様子を見るために裏口から入る。

何度、出入りしてもあの日のことを思い出す。

私の生き方に「後悔」という言葉はない!

本当にないか? 何かあるだろう? と問い詰められたなら、無理にでも言った方がいいかな、と思うのはある。

それは、半年前に実母が交通事故で他界したこと。

はっきりとはわからないけれど、たぶん運転中にくも膜下か何かで電柱にぶつかった?

母が元気なころの私は、「うちは自営業で忙しいから病気になっても看病に来れないからね」と言っていた。

父は、そんな私を「ひどいこと言う子やなあ」と思っていたらしい。

父がそう思っていたことを最近になって知ったのだけど、母もそう思っていたのだろうか?

私は、軽い気持ちで、「だから元気にしていてね」の激励のつもりだった。

しかし、現実にそうなってしまった。

私は、1日たりとも母の介護をしていない。

救急車で運ばれた母は、すでに脳死状態だった。

病院の裏口を通るたびに思い出す。

人には約束された日があることを・・・。

父親が「植物人間になっていたら、おまえも大変やし、オレも大変や。本人も楽ではないだろうし、これで良かったんやなあ」と言っている。

これが後悔というものかどうか。

母がずう~っと気にしていた言葉であったなら、後悔しなければ罰があたる。

「天国からの手紙」で母に聞くしかない。

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2008年1月11日 (金)

「バ~カ!」と返信したい私はバカ

ちょっと目をはなすと出会い系のメールがたくさん入ってきている。

削除するのに面倒なこと!

続けて消していく場合が多いが、「おっと、仕事のメールだ」と気がつく時もある。

気がつけばいいので、もし気がつかずに削除していたなら・・・と思うと慎重になる。

「バカじゃないの!?」と返信してみたい。

どんなことになるのやら。

以前は知らなくて、「私を覚えているかしら?」というメールに本気になって返事を出していた。

どうしてもわからなくて、会社名を聞いたり出身地を聞いたり・・・それでもわからなくて平謝りのメールを出したことがある。

今の心境は、「バ~カ! 他にすることないのか?」と返信したい。

こんな私こそ、バ~カの見本。

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2008年1月10日 (木)

私よりウ・ワ・テ!

「ねえ、ねえ、知っていた?」

私は、急いで帰って主人に聞いた。

返事は・・・「おまえ、今やっと知ったのか?!」

農薬(殺菌剤)のボルドーの話である。

フランスのボルドー地方にブドウ泥棒がいて困っていた。

犯人は子供たちだった。

そこで考えたのが、ブドウに毒をつけること。といっても、身体にそれほど害はない程度だが。

おかげで子供たちのブドウ泥棒はいなくなった。

そして、いいことがもうひとつあった。

毒をつけた部分だけ、ブドウの木に「ウドンコ病」という病気が出なかったこと。

農薬のボルドーは、ここからできた・・・という話。

私は、運転中にラジオで聞いてウキウキ・ドキドキ!

これは早く帰って夫に話さなければいけない。

忘れないようにメモまでした。

なのに、すでに「とっくの昔から知っていた」という。

あ~あ、農業に関しては私よりウ・ワ・テだった。

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2008年1月 8日 (火)

笑った話

「室」を「宝」とまちがえたバカがいる。

仲人さんの奥様を「令夫人」と書くのは知っていたつもり。

今年の年賀状に「ご令室様」と書いてくださった人がいた。

このおっちょこちょいが、「令宝」と読んでしまった。

夫に「ねえ、私って宝?」とムダな質問をした。

なぜムダかというと、主人は日頃から「おまえがいなくなったら農業やめる」と言っているからだ。

そんなことで農業をやめられたら困るのである。

今まで私と主人のペアでここまで伸びたのに、しかも私のセールスが大幅に販路を拡げたのに・・・。

何かおかしいなあ?と思い、よ~く見たら「宝」ではなくて「室」という字であった。

なんというバカな「ご令室」だろうか。

新年そうそう笑った!笑った!

こんな呼び方に慣れていませんで・・・。

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2008年1月 6日 (日)

休みボケ

お正月休みも楽ではない!

仕事をしていないのに腰が痛くなった。

4日から翌日の配達の用意をしていたら、身体がなまってダウン寸前!

あまり売れないだろう、と勝手に判断して早めに収穫を終わる。

5日の伝票は、みごとに日付を間違った。

2008年から始まる伝票と、平成20年から書く伝票がある。

これは、店によって異なるのだけど・・・10年と書いてしまった。

何が10年なんだ? ハチャメチャな納品書だけど、お店のハンコは正直だ。

私のボケぶりに少しも動じない。

カステラをおみそ汁に入れた、というお年寄りを笑えなくなった。

明日から頑張るぞ~! せめて、日付だけは間違えないように。

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2008年1月 3日 (木)

こんな年賀状

顔晴りま笑!

こんな年賀状をいただきました。

成功の反対は失敗ではない。失敗は行動した結果であり勲章もの、無行動と妥協こそが人生の失敗。

と、こういうことが書いてありました。

そうです。黒木安馬先生からの年賀状です。

今年の目標が決まったようなものです。

やってみる! それしかないのです。

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