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2010年1月の5件の記事

2010年1月31日 (日)

一台の車

毎日、何回も通る道にあるお宅houseのこと。

家の前に車carがあるかないかで私の心は微妙にゆれるflair

その人は、肺ガンが見つかって抗がん剤の治療を受けている。

車で2時間弱の病院まで自分で運転して通っている。

たいてい、何日かで帰って来ていた。

車がなければ「治療に行っているのだ」と思うのだけど、あまりに長い日数、車が帰って来なければ心配になるdown

年末は無かったし、新年になっても車は戻っていなかった。

どうして?

なにかあったかな?

大雪で帰るのを見合わせたかな?

いろいろと想像してみる。

私だけではなく、その道を通る人は皆、そう思っているらしい。

昨日は本当に久しぶりに車を見たsign01

その日のうちに、「Sさんが帰っているぞ」というウワサが流れた。

ウワサではなくて事実のこと。

それだけ、Sさんは好かれているということだ。

一台の車があるか無いかでその日を占っているような気分だ。

それにしても、近年は「ガン」を身近に感じる。

ガンでなくても同年齢の死を新聞のおくやみ欄で知る。

有意義な一日を過ごそう!と本気で思う。

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2010年1月21日 (木)

もうちょっとだけ待ってみようか・・・

野菜の宅急便(「野菜のおたのしみ箱」という)のお客様で、生活保護を受けている高齢者の女性がいる。

この人は、悪くない人なのだけど・・・金払いが悪い。

入金が遅れるたびに言い訳を語る。

絶対に言い訳だとわかる。

生活保護のことをよく知らないから、もし間違っていたらごめんなさいdown

お米などは現金でしか買えない?

だから、宅急便で注文して代金は後払いしている?

私は、ほんの気持ちということで毎回、旬の野菜も入れている。

代金が3回分もたまってしまった。

この間の言い訳は・・・高熱が出て、郵便局まで行けなかった、とか。

どうしようかなあsign02

あと少し待ってみようかなあsign04

悪くない人なんだけどなあsad

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2010年1月13日 (水)

お医者様のつぶやき

どうして病院に通っていたのに倒れて亡くなったのだろう?

手遅れになるまでなんで~?

とは、よく聞く会話である。

実は、お医者様は知っていたsign01

軽い症状の時には病院に通うのが患者の心理であるらしい。

いざ、症状が悪化してくると怖くて足footが遠のくらしい。

気持ちはよくわかる。

私自身がそうだったから・・・。

インターネットで調べてほとんどわかっていた。

ところが、なんやかやと理由をつけては病院に行かなかった。

どうしようもなくなってからやっと連れて行ってもらった。

そのころには、お医者さんが感心するくらいに悪くなっていたdown

病気ってこのようにしてなるのだなあ、と思う。

お医者様が「悪くなればなるほど病院に来てくれない」というのは笑い事ではないのだ。

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2010年1月 9日 (土)

安楽死・賛成なんですけど・・・

はっきり言って悪いのだけど、こんなに痛がっているのに見ていられないsweat01

もういいんじゃないの?

点滴は「維持液」と書いてある。

もう治療してもダメなんでしょう?

ありったけの力で酸素マスクをはずし、掛け布団を押しのけ、点滴チューブを引っ張る。

濁った目で訴えているのが辛い。

手を握ると跡がつくくらいに握り返す。

あまりに痛いからベッドの柵に手をのっける。

何もしてあげられない。

誰かがいると痛さを訴える。

だから、見つからないようにしゃがんで場所移動する。

こんなにしてまで生きていたいかなあ。

楽に死なせてあげたいと心から思った。

疲れ果てて、疲れ果てて・・・息が止まった。

おじいさんの顔はやさしくなった。

私たちもホッとした。

「これで楽になったね」とみんなが言った。

楽になったのはおじいさんだけではなく、まわりのみんなもそうだった。

安らかな眠りに入ったかのように綺麗な顔だった。

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2010年1月 4日 (月)

「死にざま」と「生きざま」

1月1日の午前1時近くに義父は逝った。

なんてカッコいい終わりの仕方だろうと思った。

「死にざま」というより「生きざま」と言ったほうがいいだろう。

幸いにして農閑期ときている。

おじいさんは時期を計算していたのだろうか?

85年間の幕は閉じられたが、法名「釈経念」としての人生はこれからだ。

安堵した遺影に親戚一同、町内一同が優しい気持ちになった。

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